sweet and sour



「お前のせいだからな。」

帰って来るなりいきなり苦虫を噛みつぶしたような顔で言われて、アリスは怒るより先に驚いてしまった。

「いきなり何?」

人混み嫌いな引きこもりのユリウスは外出から帰ってくるとほっとした顔をしていることが多い。

特にアリスが元の世界に帰らずこの時計塔に居ると決めてからは、余計にそうなったと思うのは自惚れではなかったはずだ。

なのに、今日は帰って来るなり聞き捨てならない一言。

(別に怒らせるようなことした覚えないわよ?)

ないわよね、とアリスは自分の思考を反芻ながら記憶を辿る。

ここ何日かはユリウスの嫉妬対象になるような友人達の所へも遊びに行っていないし、仕事場を荒らしたとか、喧嘩をしたとかいう覚えもない。

(それになんだか・・・・)

冒頭の一語を吐いたままアリスの問いには答えずそっぽを向いているユリウスは、怒っていると言うよりも。

(へそを曲げてる、とか拗ねてる感じじゃない?)

いつものように内にこもって悩んでいると言うのとも違う。

言ってみれば、まさにアリスの考えたとおりの感じだった。

「・・・・何を見ている。」

「何って、ユリウスでしょ。」

「・・・・・・・・・・見るな。」

ぼそっと言われてその理不尽さにアリスは呆れた。

「見るなって、普通見るでしょ。いきなり『お前のせい』なんて言われたら。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ちょっと抗議をしてみると途端に無言。

アリスは小さくため息をついて、ユリウスの顔に合わせていた視線を彷徨わせた。

そして目に入ったのは・・・・出かけていく時に持って行くユリウスの小さな鞄の隣に置かれた薄いブルーの紙袋。

「?ユリウス、その紙袋、何?」

「!!!!!」

中身が何かとか、そんなことを聞くつもりではなく、なんとなく増えた荷物が気になって口にしたアリスの言葉に、ユリウスはアリスが驚くほど過剰反応をした。

はっと息を呑むと同時に紙袋を慌てて隠そうとする。

が、慌てすぎたのかエースの運の悪さが乗り移ったのか、紙袋はパタンっと横に倒れて中から可愛らしい包装紙の包みがすべり出てしまった。

「??ど、どうしたの?」

「な、なんでも・・・・!」

「?なんでそんなに慌ててるのよ。・・・・!まさか」

急に眉間に皺を寄せたアリスを、今度はユリウスが怪訝そうに見る。

「まさか、他の女の子に何かもらった?」

小さな花柄なんていう可愛らしい包装紙の包みとユリウスがまったく結びつかなかったために、アリスの中で『もらい物』という単語が浮かんだ故の疑問だったのだが、先ほどにも増してユリウスは勢い込んで否定した。

「違う!」

「え、違うの?」

「違うに決まっている!なんだ、そのきょとんとした顔は。」

「あー、違うなら安心なんだけど、それはそれで疑問が解消されないのよ。」

ひとまずホッとしつつ、結局当初の『それは何?』という疑問が残ったアリスが首を傾げると、ユリウスはうっと言葉に詰まった。

詰まったまま・・・・沈黙。

・・・・・沈黙。

・・・・・・・・・・・沈黙。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「ユリウス?」

さすがに沈黙が長すぎやしないかとアリスが覗き込むとユリウスはバツが悪そうに俯いた。

そして俯いたまま、包みの入った紙袋を取り上げてアリスの目の前に差し出した。

「え?」

「・・・・お前のせいだ。」

「は?」

再び呟かれるセリフにアリスは訳が分からなくて顔をしかめる。

その彼女の手にユリウスは半ば強引に紙袋を押しつけて、酷く言いにくそうにぼそっと言った。















「・・・・私が女の服を買うなど、時計が止まるまであり得ないと思っていたのに・・・・」















「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ぽかんっと口を開けたまま固まってしまったアリスを誰が責められよう。

(女の服って)

つまり、この包みの中身は『女の服』。

で、時計塔に女はアリス一人しかいないわけで。

しかもその『女の服』はユリウスが(時計が止まるまであり得ないと思っていたけれど)買ってきたということは。

「・・・・ぅわあ・・・・」

「な、なんだ、その反応は。」

茫然とした表情のまま思わず零れた感じのアリスの声に、ユリウスは怯むように眉間に皺を寄せる。

しかしアリスは少し困ったような顔をして言った。

「あんまりにも脳内麻酔全開で困ってる。」

「はあ?」

「だって・・・・」

呟いて、次の瞬間。

「ア、ア、アリス!?」

全身で抱きついてきたアリスを何とか支えて抱き留めたユリウスが多いに焦った声を出すのを聞きながらアリスはユリウスの首にぎゅっと抱きついた。

「あー、もー、甘酸っぱいのは苦手なの!」

「はあ?な、何のことだ!」

「だって、こんなに嬉しいなんて甘酸っぱい以外の何物でもないじゃない!」

顔を見られないようにぎゅっと抱きついたまま、怒ったように言ってみても声に滲んだくすぐったさが誤魔化しきれなかった。

(だって、嬉しいし)

前にクマのぬいぐるみをもらった時はユリウスがそれを買っている姿を想像して笑い転げてしまったが、今はそれどころじゃなかった。

(だって、ユリウスが店で女の子の服を買うなんて。しかも、私のためによ?)

きっとこの世の終わりみたいな嫌そうな顔で店に入ったんだろうとか、店員さんはきっと死ぬほど驚いたんだろうとか考えると、もうどうしようもなく嬉しかった。

(ああ、もう・・・・)

「ユリウスのバカ・・・・大好きよ。」

呟いた一言に背中に回されていたユリウスの腕にちょっと力が入るのを感じてアリスは笑った。

見上げれば少し赤くなったユリウスが目に入る。

(・・・・私はもっと赤いんだろうけど。)

こればっかりはしょうがない、と諦めてアリスは微笑んだ。

「ちゃんと似合うの、買ってくれたんでしょうね?」

「前にも言っただろう?・・・・私はお前に似合う服を選ぶ自信があるぞ。」

「ふふ、着るの楽しみ。」

微笑むアリスの頬をユリウスの少しかさついた指がなぞる。

そして、ユリウスはさっきのアリスと似た少し困った顔で囁いた。

「まったく、お前のせいだ、アリス。・・・・私が誰かを喜ばせたいと思うなんて。」

「私だけ、にしておいて。」

すかさず突っ込むとユリウスは口の端を上げて頬を傾けた。

唇が重なる寸前、耳を掠めた言葉にアリスは苦笑したくなった。

「・・・・お前が、好きすぎるせいだ・・・・」

(甘酸っぱすぎて胸が痛くなるわ。)

―― もちろん、重なった唇のせいで苦笑はできなかったけれど。


















「ね、ところでユリウス。」

「なんだ?」

「男が女に服を贈るって脱がせたいって意味があるんだって?」

「なっ・・・・!!」

「ないの?」

「な・・・・」

「な?」

「な・・くもない、かもな。」





















                                            〜 END 〜















― あとがき ―
ユリウスのイベントの中で「お前に似合う服を選ぶ自信はある」のセリフから妄想が暴走しました(笑)
結構ユリウスは通常会話の中に妄想の種が埋まってると思います。